その一本の線が、製造コストを決めている。設計者のための、加工効率を劇的に変える「ちょっとした工夫」の技術論
目次
▼ こんな方に読んでほしい
・ 「機能要件は満たしたが、もっと安く作れる方法はないか」と常に模索している、コスト意識の高い製品設計者
・ 加工業者から「ここの形状、もう少しなんとかなりませんか?」と言われたことがあるが、具体的にどうすれば良いか分からなかった開発担当者
・ 設計部門と製造部門の橋渡し役として、スムーズな量産立ち上げを目指す生産技術エンジニア
◆バタフライ・エフェクト。図面上の1ミリが、現場の数時間を奪う
設計者の皆様が、CADソフト上で何気なく引いた一本の線。
あるいは、デフォルト設定のまま入力した「R0.5」という数値。
モニターの中では、それは単なる幾何学的な情報に過ぎません。マウスを数ミリ動かせば、形状は自由に変えられます。
しかし、そのデータが「図面」として出力され、私たちの工場に届いた瞬間、その数値は、鉄を削るための「絶対的な命令」へと変わります。
もし、深さ50mmのポケットの四隅が、機能上必要ないにも関わらず「R2」と指示されていたらどうなるでしょうか。
私たちは、その小さなRを仕上げるためだけに、直径4mmの細長いエンドミルを用意し、折れないように神経をすり減らしながら、何時間もかけて少しずつ削らなければなりません。
もし、ここが「R6」であれば、直径12mmの剛性の高い工具で、ガリガリと数分で削り終えることができたはずです。
たった数ミリの設計の違い。それが、現場では数時間のロスを生み、そのコストは最終的に見積もり金額としてお客様に跳ね返ります。
逆に言えば、設計段階で「加工の都合」をほんの少し考慮していただくだけで、品質を落とずに、驚くほどのコストダウンと短納期化が可能になるのです。
本記事では、私たちが日々図面を見ながら感じている、「ここをこうしてくれれば、もっと安く、早く、きれいに作れるのに」という、現場からのラブレターとも言える「効率化のための設計変更(DFM)」のポイントを、具体的にご紹介します。
2. 「隅R」のジレンマ:工具の半径と「逃げ」の科学
切削加工(マシニングセンタ)において、最もコストを左右するのが「入り隅(いりずみ)のR」です。
回転する刃物で削る以上、内側の角には必ず半径(R)が残ります。このRをどう設定するかが、効率化の第一歩です。
【工夫1:工具径ドンピシャではなく、少し「大きく」する】
例えば、深さ20mmのポケット加工を考えてみましょう。
一般的に、深さ20mmを安定して削るには、直径10mm程度のエンドミルを使いたいところです(工具径の2〜3倍の深さが理想)。直径10mmの工具の半径はR5です。
ここで、図面に「R5」と指示されていたらどうなるか。
工具の半径と、図面の半径が完全に一致してしまいます。すると、コーナー部分で工具の接触面積が急激に増え、負荷が増大し、「ビビリ振動」が発生します。これを防ぐために、加工速度を大幅に落とさざるを得ません。
ここで、設計に「ちょっとした工夫」をお願いします。
R5ではなく、「R5.5」あるいは「R6」と指示してください。
たった0.5mm〜1mm大きくするだけで、工具はコーナーで窮屈な動きをせず、円を描くようにスムーズに通過(トロコイド動作など)できるようになります。これにより、加工速度を落とさず、高能率に削り続けることが可能になります。
【工夫2:そもそも角が必要なら「逃げ」を作る】
四角い部品を嵌め込むために、どうしても直角(ピン角)に近い形状が必要な場合もあるでしょう。
その時、無理に「R0.2」などの極小Rを指定しないでください。極細の工具による加工や、放電加工が必要になり、コストが跳ね上がります。
代わりに、四隅にドリルで穴を開ける「コーナー逃げ」や、エンドミルで食い込ませる「ドッグボーン形状」を採用できないかご検討ください。
「角を埋める」のではなく「角を逃がす」。この発想の転換だけで、加工難易度は劇的に下がります。
◆「深さ」の罠:ネジと穴の深さには「予備」が必要
次に多いのが、ネジ穴(タップ)に関するトラブルです。
「M5のネジを、深さ10mmまで切りたい」。これはよくある指示です。
しかし、その下穴(ドリル穴)の深さが「10mm」になっていませんか?
【工夫3:下穴には十分な「余白」を】
タップ(ネジ切り工具)の先端は、完全なネジ山になっておらず、数ミリの「食いつき部(不完全ネジ部)」があります。
有効なネジ深さを10mm確保しようとすれば、タップ自体は13mm〜15mm程度まで入らなければなりません。そして、切り屑が溜まるスペースを考えれば、下穴はさらに深く、15mm〜20mm程度必要になります。
もし、図面で「有効ネジ深さ10mm、下穴深さ10mm」と指示されていたら、私たちはどうするか。
底が平らな特殊なタップを使ったり、切り屑を何度も除去しながら手作業で加工したりすることになります。
「下穴は、ネジ深さ+5mm以上深くてもOK」。この注釈、あるいは図面上の配慮があるだけで、私たちは標準工具を使って、機械の自動サイクルで一瞬で加工を終えることができます。
◆「掴み代(つかみしろ)」のプレゼント:加工者を助ける最大の贈り物
加工するためには、材料をバイス(万力)やチャックで固定しなければなりません。
しかし、製品の「6面すべて」に加工指示があり、さらに「全面化粧仕上げ」だった場合、私たちは頭を抱えます。
「一体、どこを掴めばいいのか?」
【工夫4:除去前提の「耳」をつける】
もし、材料費が許すなら、製品寸法よりも一回り大きな材料を使い、そこにバイスで掴むための余分な部分(捨て代、耳)を残す設計にしてください。
最後にその耳を切り落とす工程は増えますが、それ以上に、加工中の保持剛性が高まり、重切削が可能になるため、トータルの加工時間は短縮されます。
【工夫5:機能に関係ない「平坦部」を残す】
鋳物や鍛造品、あるいは3Dプリンター造形品の追加工の場合、異形すぎて掴みどころがないケースがあります。
設計段階で、あえて製品の一部に「加工基準となる平らな面(ボスやリブ)」を設けていただけないでしょうか。
その小さな平面があるだけで、専用の複雑な治具を作ることなく、汎用のバイスでカチッと固定できるようになります。
「製品機能としては無駄な突起」が、「製造工程においては極めて重要な取っ手」になるのです。
◆「公差」の断捨離:その±0.01mmは、本当に必要ですか?
最後に、コストに最も直結する「公差(許容差)」についてです。
設計者の心理として、「緩くしてガタが出るよりは、厳しくしておいた方が安心」と考え、全体に±0.02mmや±0.05mmといった厳しい一般公差(公差表)を適用してしまうことがあります。
【工夫6:メリハリのある公差設定】
ベアリングが入る穴、位置決めピンが入る穴。ここは厳しく管理してください。H7公差などは当然必要です。
しかし、単なる「逃げ穴」や「肉抜き穴」、あるいは「空中に浮いている外形」にまで、同じ公差を適用する必要はあるでしょうか?
「ここは±0.2mmでもOK」「ここは成り行きで可」という指示があれば、私たちはその部分の仕上げ加工を省略したり、加工パスを簡略化したりできます。
重要なのは「全部厳しく」ではなく「ここは厳しく、ここは緩く」というメリハリです。この意図が図面から伝わってくるだけで、見積もり担当者は不要な安全マージンを削ぎ落とし、攻めた価格を提示できます。
◆ 設計図は、加工現場への「手紙」である
私たちは、図面を「お客様からの手紙」だと思って読んでいます。
そこには、作りたいモノの形だけでなく、設計者の「意思」や「配慮」が記されています。
「ここはRを大きくしておいたから、太い工具でガンガン削ってくれ」
「ここは掴み代を設けたから、しっかり固定して精度を出してくれ」
「ここは公差を緩くしたから、時間をかけずに仕上げてくれ」
そのような「ちょっとした工夫」という名のメッセージを読み取った時、加工現場の人間は、「この設計者は分かっているな」とニヤリとし、その期待に応えるべく、最高の技術で、最速で応えようと奮い立ちます。
もちろん、機能上、どうしても譲れない形状や精度があることは重々承知しています。
そのような難加工は、私たちの「技術力」で解決します。
しかし、そうではない部分、設計の裁量でどうにでもなる部分については、ぜひ「効率化」の視点を盛り込んでみてください。
もし、「こう変えたら加工しやすくなるか?」と迷ったときは、正式な図面にする前に、ラフスケッチの段階で私たちにご相談ください。
「ここを1mmズラすだけで、コストが2割下がりますよ」
そんなプロのアドバイスをさせていただきます。
設計と製造が、図面を通して対話し、協力し合う。
それこそが、日本のモノづくりが目指すべき、真の効率化の姿だと、私たちは信じています。












