刃物で切れないなら、雷で切れ。ミクロンの精度と「非接触」が織りなす、ワイヤー放電加工の静かなる革命
▼ こんな方に読んでほしい
・ 焼入れ後の金型部品や、超硬合金製のノズルなど、エンドミルでは刃が立たない高硬度材の加工に頭を抱えている生産技術者
・ 厚さ0.1mm以下の薄板(シム、バネ)の試作において、プレス金型を作る予算はなく、レーザーカットでは熱歪みが出て困っている開発担当者
・ 「内側の角(入隅)を、限りなくピン角(Rゼロ)にしたい」という設計要求に対し、切削加工での実現性に限界を感じている機械設計者
目次
序論:物理法則の壁を越える「0.2ミリの糸」
金属を加工するには、金属よりも硬い刃物で、力任せに削り取るしかない。
これが、マシニングセンタや旋盤といった「切削加工」の常識であり、物理的な限界です。
しかし、世の中には刃物が負けてしまうほど硬い金属や、刃物を当てた瞬間に曲がってしまうほど繊細な部品が存在します。
HRC60を超える焼入れ鋼。ダイヤモンドに次ぐ硬さの超硬合金。厚さ0.05mmのステンレス箔。
これらを、まるで熱したナイフでバターを切るように、抵抗なく、自由自在な形状に切り抜く技術。それが「ワイヤー放電加工」です。
使うのは、直径0.2mm程度の、髪の毛より少し太いだけの「黄銅製のワイヤー(糸)」。
この糸に電圧をかけ、雷のような放電現象を連続的に起こし、その熱エネルギーで金属を溶かしながら切断します。
「削る」のではなく「溶かして飛ばす」。
物理的な接触が一切ないこの加工法は、設計の自由度を劇的に広げます。
本記事では、切削加工の限界を突破する「最後の砦」、ワイヤー放電加工の知られざるメリットと、賢い使い方のノウハウを解説します。
「硬さ」は無意味。超硬もハイスも豆腐と同じ
切削加工において、材料の「硬さ」はコストに直結します。
硬ければ硬いほど、加工速度は遅くなり、高価な工具がすぐに摩耗し、折損リスクが高まります。
しかし、ワイヤー放電加工において、硬さは全く関係ありません。
条件はただ一つ、「電気が通る素材(導電体)であること」。
柔らかい純アルミでも、カチカチに焼き入れされたダイス鋼でも、超硬合金でも、加工速度はほとんど変わりません。
【設計へのメリット】
・ 熱処理後の加工が可能
通常は「生材加工 → 焼入れ → 研磨」という工程を踏みますが、ワイヤーなら「焼入れ → ワイヤーで最終形状に加工」というショートカットが可能です。熱処理による歪みを気にする必要がなく、一発で最終精度を出せます。
・ 超高耐久部品の採用
「加工できないから」と諦めていた超硬素材を、耐摩耗部品(ガイド、ノズル、カッター)として気軽に採用できるようになります。
「非接触」の恩恵。薄板・積層・微細加工
ワイヤー放電の最大の特徴は、ワークに物理的な力が一切かからない「ノンストレス加工」である点です。
エンドミルやドリルは、回転しながらワークを押したり引き込んだりする力が働きます。
薄い板をエンドミルで削ろうとすれば、ビビリが発生し、ワークが逃げて寸法が出ません。レーザーカットでは、熱でベコベコに歪んでしまいます。
ワイヤー放電なら、厚さ0.05mmのシムテープであっても、全く変形させることなく、レース細工のような複雑な形状に切り抜くことができます。
バリ(Burr)も一切発生しません。
【コストダウンの裏技:重ね切り(スタック加工)】
この「力がかからない」特性を活かした、最強のコストダウン術があります。
薄い板材を10枚、20枚と重ねて、上下をボルトで固定します。それをワイヤーで切れば、一度の加工で20個の部品が完成します。
1個作るのと、20個作るので、加工時間はほとんど変わりません。
プレス金型を作るほどではない中量生産(数百個〜数千個)において、この「重ね切り」は圧倒的なコストパフォーマンスを発揮します。
「コーナーR」の極小化。エンドミルにはできない芸当
設計者の皆様を悩ませる「入隅(いりずみ)のR」。
四角い穴を開けたい時、エンドミル加工では必ず工具の半径分のRが四隅に残ります。
直径1mmのエンドミル(非常に折れやすい)を使っても、R0.5が限界です。
ワイヤー放電加工の場合、使用するワイヤー径は通常φ0.2mm前後です。
つまり、何も考えずに加工しても、コーナーRは「R0.1」程度まで小さくできます。
これは、肉眼ではほぼ「直角(ピン角)」に見えるレベルです。
【さらに突き詰めるなら】
もし、嵌合(かんごう)部品のために完全な直角が必要な場合、ワイヤーの軌道を工夫して、コーナー部に「ニゲ(逃げ)」を作ることで、相手部品と干渉しない設計にすることも容易です。
微細なスリット、ギアの歯形、コネクタの嵌合部など、鋭利な形状が必要な場合は、迷わずワイヤー放電を選択してください。
テーパー加工と上下異形状。3次元的な「抜き」の世界
ワイヤーは通常、垂直に張られていますが、上下のガイドを別々に動かすことで、ワイヤーを斜めに傾けることができます。
これにより、以下のような特殊な形状が可能になります。
・ テーパー加工(勾配):
金型の「抜き勾配」や、アリ溝のような逆テーパー形状を、高精度に作り出せます。
・ 上下異形状(プログラム加工):
「上面は円形だが、下面は四角形」というように、高さ方向で断面形状が変化する、ねじれたパイプのような形状も加工可能です。
これは、切削加工でやろうとすれば5軸加工機が必要になるような難形状ですが、ワイヤーならプログラム一つで実現できます。
精度と面粗度。研磨レスへの挑戦
「放電加工=表面が梨地(ザラザラ)」というイメージをお持ちではありませんか?
確かに、1回目の加工(荒加工)直後は、放電痕によって表面が梨地になります。
しかし、現代のワイヤー放電加工機は、そこから「セカンドカット」「サードカット」と、電気条件を弱めながら仕上げ加工を行うことで、面粗度を劇的に向上させることができます。
【研削加工の代替】
最新の仕上げ加工では、Ra0.2〜0.4μmといった、研削加工(研磨)に匹敵する面粗度と、±0.002mm以内の寸法精度を実現します。
「焼き入れして、ワイヤーで切って、終わり」。
この研磨レスの工程設計が、リードタイムを大幅に短縮します。
結論:切れないものはない。諦める前に相談を
ワイヤー放電加工は、決して「金型屋だけの技術」ではありません。
それは、設計の自由度を縛る「硬さ」や「形状」の制約を取り払う、魔法のハサミです。
・ 試作で1個だけ、複雑な板バネを作りたい。
・ 超硬合金を使って、摩耗しないガイド部品を作りたい。
・ どうしてもコーナーRを0.1mm以下に抑えたい。
切削加工では「できない」「高い」「遅い」と言われたその図面。
ワイヤー放電加工なら、涼しい顔をして、数時間で形にできるかもしれません。
私たちは、マシニングや旋盤だけでなく、この「雷の技術」も自在に操る加工のプロフェッショナルです。
工法を変えれば、景色が変わる。
その難題、ぜひ一度私たちに「切らせて」みませんか。












